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上部消化管内視鏡検査

はじめに

皆さんが人間ドックを受けるときに真っ先にイメージするのはおそらく胃透視か胃内視鏡検査だと思います。前回は胃透視 (バリウム) についてお話ししましたので今回は内視鏡検査についてお話しします。内視鏡検査は正式には上部消化管内視鏡検査と言いますが、一般には胃カメラという言葉が広く浸透しています。この「胃カメラ」という言葉は、胃を内視鏡で見るということが次第に普及していった 1950 年代から 60 年代に広く使われた先端胃カメラ方式という内視鏡機器の名称が検査とともに普及したことによると思われます。胃カメラはその後ファイバースコープから現在の電子内視鏡へと進歩してきていますが、当時の名称が覚えやすいこともあって、現在でも「胃カメラ」という言葉が一般的です。実際、医者の側でも患者さんに説明するときにはこの言葉を使っていることが多いのです。そこで今回も「胃カメラ」という言葉を使いたいと思います。
まず、胃カメラは一体どこまで観察しているのかについて説明することにします。検査する施設によって多少違いますが、観察するのはおおむね食道、胃、十二指腸です。ただし十二指腸の一番奥までは通常の胃カメラでは見ることができないので大体十二指腸の半分くらいが観察範囲と言うことができます。もっと奥の十二指腸や小腸を見ることはできないのかという素朴な疑問があると思いますが、もともと十二指腸の奥や小腸には病気そのものが非常に少なく、また技術的にも難しいため検査する側される側とも大変ということもあって特殊な場合を除いては検査の対象とはなりません。「労多くて益少なし」というわけです。
では胃カメラでわかる病気には一体どのようなものがあるのでしょうか。頻度の多いもので言えば、慢性胃炎、急性胃炎などの胃炎、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの消化性潰瘍、胃ポリープ、胃がん、逆流性食道炎、食道がんなどが挙げられますが、このほかにも実に様々な病気が分かります。


胃カメラの良い点

前回のバリウムの検査の際、X 線検査の長所として胃全体の情報が得られることや、下手な内視鏡検査よりもしっかりした X 線検査の方が情報量が多い場合もあることを述べましたが、診断機器として X 線検査に比べて内視鏡検査の優れている点を挙げるとすれば次の 3 つがあります。第一に色の観察ができ、比較的小さな変化まで診断することが可能であるという点です。X 線はバリウムと空気という 2 つの造影剤による白黒写真ですので胃の粘膜が「でこぼこしている」だとか「ブツブツしている」というような情報は得られますが、「粘膜が赤くただれたようになっている」とか「ポリープの色が赤白まだら状になっている」などと言うことは分かりません。しかし胃カメラではこれが可能です。実際に胃がんや胃潰瘍の診断のポイントの一つはこの色の観察なのです。現在胃がんなどの治療は以前のようにすべて外科的手術による時代ではなくなってきており、早期胃がんの中でも小さくて転移を起こす心配のない胃がんに関しては胃カメラを使った「内視鏡的切除」や腹腔鏡を用いて行う「腹腔鏡下胃切除術」などが行われるようになってきています。こういう治療ができる時期のごく早期の胃がんが発見されるきっかけとなった検査はほとんどが胃カメラというのが実状です。

第二に胃カメラはその場で組織をとって調べることが可能であるという点です。これは第一の点とも多少重なる部分もありますが、胃や食道の病気の診断で最大のポイントは何であるかというとそれが悪性か良性かということです。もっとわかりやすく言えば「癌であるかそうでないか」ということです。そのためには病変の一部をサンプルとして採取し、顕微鏡で調べる必要があります。これを「生検」といいますが、胃カメラは生検鉗子という道具を使って比較的簡単に生検をすることが可能です。前述のごく早期の胃がんも観察だけではなかなか「がん」とすぐに診断できるものではありません。組織検査の裏付けがあって初めて確定診断ができる場合が多いのです。従って生検ができるということは胃カメラという機械の大きなメリットであるということができます。

第三は被爆がないということです。バリウムの検査を受ける際の被爆量は安全基準を満たしているため体に影響が出るようなものではありません。しかし、胃カメラはレントゲンを使用することなく検査を行いますから、全く被爆の心配が要らないというメリットがあります。


胃カメラの欠点

それだけいいことばかりの胃カメラならみんな胃カメラをやればいいじゃないかというご意見もあると思いますが、胃カメラにも全く問題点がないわけではありません。その第一が偶発症の存在です。1988 年から 1992 年までの日本消化器内視鏡学会の統計によれば、観察だけを行った胃カメラの際の偶発症は約 0.0023%(検査総数 6,102,864 件に対し 141 件) と報告されています。言い方を変えれば 10 万件に 2 人の割合で偶発症が起こっていることになります。その内容は出血、穿孔、ショックなどが多数を占めています。またこのうち死亡に至った例が 13 例、頻度としては 0,0002% あり、50 万件に 1 人という計算になります。非常に低い確率ではありますが、胃カメラを行った場合に事故が起こる確率は 0 ではないということが分かります。X 線検査ではこういう偶発症の心配は皆無かというとそういうわけでもありませんが、胃カメラと比較すると低い確率であると思われます。あらゆる医療行為にはある一定のリスクは伴うものであり、今後もこの確率が 0 になることはないのではないかと考えられます。

もう一つの、胃カメラの問題点は検査を受ける人の苦痛という点です。検査というものは、できるだけ浸襲が少なく苦痛のない検査が理想とされますが、胃カメラの場合は必ずしもこれがあてはまらないことがあります。以前より機械の性能が向上し、検査時間も短時間で済むようになり昔に比べれば検査はだいぶん楽になってきていることは事実です。しかし、嘔吐反射というものは非常に個人差があり、歯磨きをするだけで吐き気を催す人もいれば、呑剣師 (大道芸人) のように剣などを飲み込んでも平気という人もいます。(実は世界で最初に胃の内視鏡を行ったのは 1853 年にドイツの Kussmaul という医師でしたが、このとき長さ 56 cm 、太さ 13 mm の金属管でできた胃鏡を飲んで胃の中を観察してもらったのはまさに呑剣師だったそうです。) 前者のような人に全く反射を起こさずに検査を行うのはかなり困難なことです。実際胃カメラを始めるとき、カメラが口に近づいただけで「ゲェーッ」となる人もいますので、みんながみんな楽に検査ができることは不可能に近いといってもいいと思います。反射のきつい人に対しては、検査前に鎮静剤などの注射を行う場合もありますが、そういった前処置薬による偶発症、死亡例もあることから一般には普及していません。


胃カメラを上手に受けるコツ

では、ちょっとここで検査をできるだけ楽に受けるための「コツ」をお教えしましょう。(絶対に楽だと言い切れるほどのものではありませんが …)

その 1. 前処置の咽頭麻酔が大事です
胃カメラを麻酔なしで挿入すればほとんどの人が「ゲェーッ」となります。前処置で含んでもらう咽頭麻酔のゼリーをできるだけのどの奥の方で溜めてもらうことでカメラが通過する部分を麻痺させ、反射が起きにくくなるのですが、ゼリーを口の回りに溜めるだけに終わってしまい、麻酔が効いているのは舌や口の中だけという方がよくいらっしゃいます。こういう人はえてして反射がきつかったりする様です。反射が最も起こりやすい場所は舌根といって舌の根元にあたるところですから、そこに麻酔薬の効果がしっかり行き渡ることが重要なのです。

その 2. 検査台に乗ったらできるだけ力を抜いて
これは、「言うはやすし、行うは難し」の典型的なことかもしれませんが、よく検査台に横たわっただけで眉間にしわが寄って苦悶の表情となる方がいらっしゃいます。「肩の力を抜いてリラックスしましょう」などと声をかけようものならますます肩に力が入ってしまいます。それでもやはりできるだけリラックスすることは検査を楽に終えるためには大事なポイントなのです。ある受診者の方がこんなことをおっしゃっていました。「検査台に乗ったら “ まな板の上の鯉 ” になってできるだけ逆らわないようにしています。逆らえば逆らうだけえらいということが分かっていますから」と。

その 3. 唾を上手に処理しましょう
検査中はどうしても口の中に唾液がたまってきます。そのままにしておくとやがて声帯といって気管の入口まで唾液がたまってしまい誤って気管に入ることがあります。そうするとどうしても咳が出て止まらなくなる場合があります。また、たまった唾を飲み込もうとしたとき、やはり誤嚥して咳込む時もあります。ですからたまった唾はできるだけ口から外に出す必要があります。このときは、のどの奥から舌を使って無理に出そうとすると舌とカメラが接触してかえって反射を誘発してしまうことがあります。顔を少し下の方に向けて重力によって自然に唾液が流れ出るのを待っていた方が得策です。

その 4. カメラが入るときは口の中を広くする
胃カメラはおよそ直径が 1cm 位のものです。これが挿入されるときに先に述べた舌の付け根 (舌根) に接触すると反射が起きやすくなるのですが、できるだけ接触が起きないようにするにはカメラの通り道が広いことに越したことはありません。ではどういう工夫をすれば通り道を広くすることができるのでしょう。皆さんが寒い冬の日に手を暖めるために息を「ハーッ」と吹きかけることがよくあると思いますが、まさにあの口とのどの状態がうってつけと思われます。ただし姿勢だけで良いので実際に息をはく必要はありません。かえってカメラのレンズを曇らせることになりますからあくまでもその姿勢が必要ということです。また食道にカメラが入ったらもうそういう必要はありません。あとは検査する先生や看護婦などの指示に従ってください。

これで完璧とは言えませんが、以上のようなことが実行できれば、今まで胃カメラがつらかった人にとっては少しは楽にできるのではないかと思います。また検査をする先生によって挿入する方法が若干違いますから、その先生の指示にできるだけ従うことも重要なポイントです。


おわりに

日進月歩を続ける現代の医療においても内視鏡検査は各分野で花形的存在となっており、特に内視鏡を使った治療 (先に述べた胃がんの内視鏡的切除や、腹腔鏡あるいは胸腔鏡による手術、さらには血管内視鏡による血行再建術など) は今後の治療の大きな柱の一つとなることは確実視されています。また、今後の技術革新によって使い捨てタイプの内視鏡 (たとえばカプセルに内視鏡装置が組み込まれており外のモニターで観察記録ができる内視鏡) が開発されることも決して夢物語ではないと思います。

日本人の疾病構造を見てみると、食道、胃、十二指腸などの上部消化管の疾患は高血圧などの循環器疾患と並んで多いものの一つです。その診断のために胃カメラの果たす役割は今後ますます重要になってくるものと思われます。